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【家族に告ぐ】身内が余命宣告されたときにしてあげられること

こんにちはゴジログです!

突然ですが、ご家族が病気を持っていて余命宣告されてしまった時って絶望ですよね。

一緒にいたときの思い出などを思い出してしまうと余計に悲しくなるものです。

ですが、余命宣告というのはつらいですが突然死よりかはまだ、してあげれることがたくさんあります。

 

僕母親が余命宣告されたとき、まだ状学校6年生でした。余命宣告されていたものの、なにもすることができずに最後を迎えてしまいました。

最後は泣きじゃくるばかりでありがとうの言葉さえ伝えられていませんでした。

 

皆さんにはそんな後悔は残してほしくないので僕なりのこんなことしとけばよかったな。あんなことしてあげれて居たらな。などと僕が感じていた後悔をお話ししていけたらなという風に思います。

 

本人の融通をまずは聞いてあげる

本人はもう残された時間が限られているわけですから、まずは本人の希望をかなえてあげることに専念しましょう。

その中で一緒に楽しめるものがあれば全力で一生懸命楽しみましょう!

沢山の思い出を作りましょう。

 

 

特別扱いしない

余命宣告されている人にとって、特別扱いされるということは人によってはいいかもしれませんが、大半の人は

「あぁ、もう死ぬんだな」

と死を予感させてしまします。

それに余命宣告された本人はなにより、特別扱いされることよりも、何気ない日常を過ごすことが何よりも幸せだったりします。

もちろん全ての人に同じようなことが言えるとは思いません。ですが、喧嘩をしたりドジをして一緒に笑ったりすることは、何よりも幸せなのではないでしょうか。

あの世へ送り出す前にぜひまた普段の何気ない日常を再現してみてください。

きっと喜んでもらえることでしょう。

 

 

最後に旅行に行ってみる

本人にとっては旅行に行くことがつらいかもしれません。

ですがお互いの思い出作りにために旅行に行ってみるのもいいかもしれません。

医師の方も最後の外泊を許可してくれるところも多いです。

最後はぜひみんなで旅行に行きめちゃくちゃ楽しんできましょう。

最後に行った場所は一生思い出に残ること間違いないです。

 

たくさん写真を撮る

 

亡くなってからあらためて写真を見返すと、意外と亡くなった人の写真って少ないなと思うことがあります。

先ほど何気ない日常を楽しみましょうと言いましたが、何気ない日常の中に写真や動画などを取り入れてみるのもいいかもしれません。

あとあと振り返るときにいい思い出になりますよ。

 

もっとたくさんありがとうをいえばよかった

僕は当時小学生ということもあり、何事に対してもやってもらうことが当たり前。

例えば破れたズボンにワッペンを貼ってくれたり、紅白帽子のびろびろに伸びたゴムを付け替えてくれたり、家に帰ったらあったかいご飯が用意されてあったり。

当時はやってもらっていることに何も思わずに生きてきました。

ですが失って初めて気づくことが多すぎました。

一人の存在ってこんなにも大きかったんだな。と思い知りました。

もっとたくさんありがとうといておけばよかったな。とすごい後悔しています。

 

これは余命宣告がされているいないにしろ、日ごろから感謝の気持ちを伝えることは本当に重要だと思います。

今、何気なく生活しているその環境は当たり前ではないことも多いんです。それから僕は何かしてもらったら必ずありがとうをいえる人間になりたいと思っています。

 

恥ずかしくない

ありがとうをいうことは恥ずかしいと思ってなかなか言えない時ってありますよね。

僕もいちいちありがとうというのが恥ずかしくてためらってしまうことも多々ありました。

ですがどうでしょうか。友達からご飯をおごってもらった時、なにかプレゼントをもらった時。ありがとうを言えない人だと、ん?と

なりませんか。もう2度と買う気が失せますよね。

ありがとうを言えない人の方が人間として恥ずかしいと思います。なので自信をもってありがとう。を言える日地になりましょう。

 

なんか宗教っぽくなってしまってすみません。

 

 

まとめ

余命宣告された身内や知り合いがいる場合はまずは本人の意思を尊重しましょう!

そして何か特別なことをするのではなく、何気ない日常を精一杯楽しみ感謝の気持ちを忘れないように生活しましょう。

後悔しない。後悔させないように残りの時間を過ごせることを願っています。

楽しい思い出が作れますように。